日本の教育は社会の歯車工場だ。





子どもながらに疑問でした。

わたしは、子どものころから表現することと人に元気をあげることが好きです。そのわりに、人付き合いが苦手で、どこかで孤立してばかり。あまり、【学校】で学ぶことも得意ではありませんでした。

 

なぜ、休み時間しか教室を出られないのか?

なぜ、授業中にしゃべっていると怒られるのか?

なぜ、体育の時間にグラウンドを走らないといけないのか?

なぜ、新学期にならないと席替えがないのか?

なぜ、1歳年齢がちがうだけで先輩・後輩になってしまうのか?

 

こういうことが、わからなかったんです。

 

あるときには休み時間が終わっても教室に戻らずに怒られ、あるときにはうるさすぎて「帰れ」と怒られたので本当に帰ってしまいました。あるときには体育のランニングで友達におんぶで運んでもらい、あるときには勝手に席替えをしては怒鳴られました。1歳違うだけで偉そうな先輩がいやだったし、へりくだられる後輩も嫌でした。

 

日本の教育は、社会の歯車工場だ。

もともとは型にハマることが苦手なのかもしれません。でも、それに気づいたのもつい最近のことです。

 

改めて考えると、日本の教育って本当にすごいと思います。生まれたときには、自由奔放に泣いて笑った子どもたちも、たった数年であっというまに、教育されます。月曜日から金曜日まで毎日一列に並んで登校し、同じ服を着て、同じ教科書を使って、さらには鉛筆までそろえられ…。45分の授業と10分の休憩をひたすら繰り返し、同じ給食を食べて、同じ歌を歌います。

 

いつしか、なんでもバランスよくできる子が評価されることに気づいて、その型にカチっとおさまってしまうような気がします。

 

なんかもったいないと思うんです。ひとりひとり個性と魅力があるはずなのに、知らない間に、それを伸ばすチャンスを削られて、いつのまにか、”普通”になってます。なんか、日本の教育は、社会の歯車工場みたいだって思います。ちょっとうまくかみ合わないとそれだけで問題視されて、ぽいって。なんかもったいないです。

 

25歳になって学び直しています。

そううわたしもずっと日本の学校で、勉強をしてきました。決められた時間割どおりに、受けるだけの授業です。

 

結局何を学んで、何が役立ったかっていうと、文字の読み書きと、算数くらいです。自分の力で生きていく方法なんて一切教えてもらえませんでした。だから、当たり前に”雇われる”働き方を選んだものの、息がつまる日々の連続でした。

 

そんな思いをしたこともきっかけのひとつで、今はいろんな人に会うようになりました。そして、いろんな生き方と働き方があると気づくことができました。

 

わたしが本当に学びたかったのは、”ゆりにこ”として認められて、生きていく方法だと思います。

 

もしかしたら「何をわがまま言ってるんだ」と思われる人もいるかもしれませんが、決してわたしは、働きたくないとか、ニートになりたいとかそういうことを思ってるわけじゃないんです。めちゃくちゃ働きたいし、もちろん社会貢献もしたいです。でも、それをするには自分のいるステージは窮屈だっていうこと。

 

いろんな人に会うなかで、少しずつ苦手な人間関係のトレーニングにもなり、25歳にしてやっと本当の”教育”を受けてるなと感じています。少しずつ自分の目指す生き方・働き方が見えてきました。人生いつでもやり直せるし、生まれ変われると思っています。もし、このブログを読んで感じられることがあれば、気楽にコメントやメッセージくださいね。いつもありがとうございます。

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